PROFILE

 

にしのえみ

ピアニスト・シンガーソングライター 

 

3月14日生まれ

うお座

 

血液型不明

(Bっぽいかも、Oっぽいともいわれる)

 

身長175cm

 

好きな食べ物 梅干し

趣味 人間の歯を集めること

飼育 アカハライモリ(7匹いる)

 

得意技 とにかく飲み歩く、妹のことが好き

 

 最近はまっていることは、健康な生活

これまでの人生(ここからは読み物になります)

日本の東京都港区で生まれる。

出産時の母の感想は「ガッツ石松さんにめっちゃ似てた。」とのこと。

カメラマンの父と、ヘアーメイク業の母の間で自由気ままに生き始める。

 

国立音楽大学の付属幼稚園に入園とともにクラシックピアノを学び始める。

ほぼ無意識だけど、なんか楽しそうっていうのが理由。

 

小学生時代はスパルタ教育の渦中におり、あまり記憶はない。

流行りの歌を聴かせてもらえなかったので、クラスで友達が歌うSPEEDとかポケビとかを

耳コピして覚える。

友達が少なかったので、ピアノでその子のテーマソングを作ってあげて友達を増やしたりしていた。

キレキレのナイフみたいな、一番ハードコアな時期だったなと思う。

中学時代は小6の時にテレビで見た合唱部に憧れて入部。そのまま部長になり、NHK合唱コンクールにて全国1位を受賞。このころから歌うことが好き。

 

まあいろいろあって高校入学。

ここで仲良くなった友達の影響で初めてクラシック以外の音楽の存在を肌で感じる。

その友達がいつも車でいろんなところに連れてってくれて

ドライブ中はジャミロクワイ、とんねるず、ギターウルフ、ケミカルブラザーズ、ブラー、スチャダラパー、プラスチックスなどを主に、毎日様々なジャンルの音楽を紹介してくれた。

間髪入れず、EMINEM、Destiny’sChild、LINKINPARK、DaftPunkなど様々なライブに連れてってもらう。

このタイミングで、ライブの存在を知り

ベースとギターの違いを認知。

衝撃だった。

このころ、この友達が聞かせてくれた音楽が今も結構影響を発揮している気がします。

 

高校はなんでもアリ!無規則!自由!な学校だったけど

唯一アルバイトだけが禁止だったため放課後がまじ暇だった。

当時ダンスサークルにいたが、自我の強さからか仲間割れが多くよく抜け出していた。

ある日、抜け出した足でそのままバンドしている友達のスタジオを覗きに行った。

テクノバンド、プラスチックスのコピーをしており、人手が不足しているということでダンスコーラスで参加。流れでボーカルとしてメンバーになる。

バンドキャリアはこれが始まり。

オリジナル曲をメンバーが作り始めたことでめきめきと成長。ボーカルを担当。

ツアーを回るまでになり、企画ライブをしたりレコーディングをしたり

雑誌の取材も初めて受けたりして、テスト以外は割とライブに専念する楽しい高校生活。

 

大学入学してからは、反動でたくさんバイトを掛け持ち。

いろんな人に会って国内海外問わず1人でフラフラいろんな場所に出向いて、家に帰らないような毎日。

気づけば音楽がふわっと遠のいていた。

大学卒業のタイミングでバンドは解散。

国立音楽大学鍵盤学科を卒業。

 

思い立って就職。

ピアノも弾かない、鼻うたさえも歌わない日々。

環境上、ほぼ誰にでもタメ口で育ってきたため、敬語や一般常識を叩き込まれる。

素晴らしい環境でお仕事させてもらい、とても良い経験。

しかし、震災を経験し死を感じた時に「毎日ピアノ弾いたりしないと悔いが残るじゃん自分…!」と音楽への思いを思い出したように退職。

 

…したものの、活動の仕方がわからず酔い潰れる毎日を送る。

そのタイミングで、国立にある地球屋というライブハウスのブッキングマザーに出会う。

ライブハウスでのたくさんの出会いをきっかけに、ロックバンドに加入。

直後バンドは解散してしまうのだけど

またまたたくさんの出会いに恵まれサポートミュージシャンとしての活動を開始!

 

同時期に、人生最大の失恋を経験したことにより

歌わずにはいられなくなり、吐き出すようにソングライティングも開始。

以来、ピアノ以外にも歌、作曲が必須アイテムになる。

 

そして現在、毎日楽しくライブやレコーディングに参加しながら

生きています。

呼ばれたら何処へでも、ピアノ、コーラスなんでもやります。

どんなジャンルも弾きこなせる音楽家を目指して爆進中。

将来はNYに住みたいです。

パリもいいですね。

 

どうぞよろしく。